落合真司 official blog since 2005

丁度可知差異(ちょうどかちさい)な日常

2017.11.04(土)失われた感情の彼方へ

季節外れの台風が過ぎ、
学園祭シーズンが一瞬で終わり、
あっという間に冬が到来すると、
街の景色が一変する。

みなさん、お元気でしょうか。

カツゼツが悪いとか、
感情がこもっていないとか、
嘘くさいとか、
ずっと言われ続けている。

20年間、講師の仕事をしているが、
学生にいつも言われる。

常に気持ちを込めているし、
魂を込めているとさえ言えるし、
嘘なんて1ミリも、いや、1ナノメートルもついてない。

それなのに無感情で嘘つき呼ばわりされる。

原因は、カツゼツ?
滑舌……、なめらかな舌と書いて
カ・ツ・ゼ・ツ!

いや、そこはほとんど関係ないはず。
カツゼツが良いと説得力も増すのは分かっているが、
それよりもっと致命的な欠点があったのだ。

トークが、棒読み。
抑揚もメリハリもない。
よく学生は寝ないで聞いてくれているなぁと関心するくらい。

なんかね、感情豊かにトークすると
芝居がかった感じになって、
それこそ嘘くさいと自分で思っているせいで、
ずっと20年間、棒読みで授業してきた。

抑揚をつけてしゃべるって、どーするんだっけ?
棒読みトークが板につきすぎて
もはや修正できない。

いや、無理と思ったら無理。
今からでも遅くはない。
若本規夫になりきって、
抑揚をガッツリつけて授業をしてみよう。

そぉぉぉ~いぅぅぅ、わ・け・でっ
今日ォォォォから、
抑揚を、、、、つけまくっっっっってぇ
授ぅぅぅぅ業を
して、や・ろ・お、じゃないかぁ~。

さて、後日談というか今回のオチ。

うざいしゃべりかたになっただけで、
結局、感情はこもっていないわ、嘘くさいわで、
まったく改善はしなかった。

ふふふ、訳あってオレさまの感情はすべて封印してある。
感情が開放され覚醒する時が来るまで、
そう、この現世界を救うその時まで、
無感情で生きつづける道を選んだのだ。
悲しき運命(「さだめ」と読んでね)だ。